【短】迷子
「なんだよ。急にそんな話なんかしやがって。まさか…黒髪の女に会ったのか?」
サトルが目を丸くした。
会話に入れないミヤビちゃんが、サトルの袖をツンツンと引っ張る。
「あ、悪い。黒髪の女ってね…」
もう、10年以上も前の話。
「黒くて長い髪の女に、『この子、知りませんか?』って猫の写真を見せられるんだ。
『知りません』って答えると、何処か遠くに連れて行かれて、魂を抜かれちゃうって話」
新しい煙草に火をつけたサトル。
「えーっ。こわーい」
眉間にしわを寄せたミヤビちゃんは、サトルのシャツをぎゅっと掴んで離さない。
「大丈夫だよ。俺の作り話。っつーか、…俺の母親の作り話って言ったほうがいいかもね」
「そうなの?」
首をかしげたミヤビちゃんに、サトルは小さく微笑んでみせた。
「母親に、『お父さんは黒髪の女に連れていかれちゃったの』って聞かされてたんだ。そんなの誰が信じるかっつうの」
そう言って、煙草の煙を深く吸い込んだ。