【短】迷子

「黒髪の女に、魂、持っていかれたか?」

トイレに行く、と言って席を離れたミヤビちゃんの背中を見つめながら、サトルが言う。

「そんなことないよ」

灰皿に押し付けた煙草から、まだ立ちのぼる煙を眺めながら言った。

「変な気、おこすなよ」

腕を組み、真剣な顔で俺を見る。

長い付き合いだけあって、多くを語らなくても、微妙な心の変化を見逃さない。

「しないよ」

逃げ道を探してみるものの、いざ目の前に現れると、後退りしてしまう。


これが、俺の早苗に対する愛情。


《夜に爪を切ったら駄目なの》

《夜に口笛を吹かないこと!》

同居する祖母の影響だ、と早苗は言う。

そんな早苗の影響で、俺は、黒髪の女の話を思い出し不安になった。


馬鹿みたいに、魂を持っていかれるんじゃないかと心配してしまった。


だけど、

10年以上も前の話だ

猫の写真ではなく、犬の写真だった

あぁ…そうだ
黒髪の女の話はデタラメだったな


大丈夫

なにも、心配することはない

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