【短】迷子
「それは大変ですね。何でも言ってください。手伝いますよ」
そう言って腕まくりでもすれば、彼女の笑顔が見られるだろうか。
この先、なにか喜ばしい展開でも待っているのだろうか。
男特有の下心が湧いてくる。
しかし、今日は駄目だ。
大事な約束がある。
今日、契約がとれたら、今月の営業成績トップは間違いない。
こんなに調子のいいことは、そうあるもんじゃない。
用紙の中で大きな瞳を潤ませた犬には申し訳ない気もするが、やはりここは、
「早く見つかるといいですね」
と言うべきだろう。
彼女を見上げ、営業スマイルを用意したとき、
「この子、知りませんか?」
と、彼女が言った。
最近見かけた犬といえば、近所のヨボヨボの犬くらいだ。
「ごめんね。知らないや」
可哀想だけど、これだけの愛くるしい顔をした犬ならば、誰かに連れていかれて、そこで飼われているかもしれない。