【短】迷子
「で?さっき、なに言おうとしたわけ?」
サトルが口についたビールの泡を舌で舐める。
「あぁ…。おまえ、5年のときに、『黒髪の女』に会ったって言ってたよな?」
「……黒髪?」
さっぱり思い出せない様子で、首をかしげながら煙草の火を消す。
「黒髪…黒髪…。あぁ!あれねっ」
しばらく考えていたあとでぱちんと手を叩き、思い出した、の仕草を見せた。
そして、ゲラゲラと笑い出したかと思うと、
「あれ、嘘。会うわけねぇじゃん」
と言って、ビールを流し込む。
「…嘘?」
黒髪の女が実在するだなんて、本気で思ってたわけじゃないけれど、はっきり嘘だと言われると、なんとも複雑な気分になった。
「そっ。ほら、おまえって昔、結構ビビりだったじゃん?からかってみただけ。なに?まだ怖がってんの?」
酔いが回っているのか、大袈裟な笑い方をする。
「そんなんじゃねぇよ」
手元にあったおしぼりを投げつけたが、いとも簡単にサトルの手の中に収まってしまった。