いつか見る青
「社長はお仕事がおありなんですから仕方ないですよ。それに、今回のことは、私が自分で志願したんですから」


そこで神崎さんは、ほんの少し、声のトーンを落とした。


「瑠璃さんには、昔とてもやさしくしていただきましたから……」


その場が静寂に包まれる。


親父も神崎さんも、遠い昔に思いを馳せているようだ。


この場のフォローをする義務は俺にはないので、一人黙々と食事に専念した。


ほどなくして、神崎さんが場の雰囲気を変えるように明るい口調で会話を再開する。


「それに、葵さんにもいずれはミヤマ文具店の経営に携わっていただくことになるかもしれないんですから。会社と無関係という訳ではありませんしね」


そこで親父はまたため息をつきつつ言葉を発した。



「本当だったら、私はもう隠居の身なんだがな。息子に会社を任せて、悠悠自適な生活を送っていられるはずだったのに」



「いえいえ、社長はまだまだお若いではありませんか。それに来年には紫さんも社会人ですし」


「だからといって、すぐにコイツに会社を任せられる訳ではない。あと何年頑張れば良いのやら」
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