く ち び る


「ほら呼んでみ、恵生って」


 造りもののような顔が近づく。不思議と緊張はしなかった。

 噛み締めるように、名を呼んだ。


「恵生、」

「なに?生恵」

 
 ギシリ、ソファが深く沈む。


「あなたは、何者?」


 男は、恵生は、一瞬口ごもるような仕草を見せたが、すぐに口角をつり上げた。


「天使、って言ったら?」


 初めて見せる、表情。

 深みのある笑みだ。意思を感じさせる、生きている表情(かお)。

 カーテンの隙間から、薄暗い室内に真っ赤の光が差し込んだ。じきに夜になる。


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