く ち び る


「おはよ、ちーづ」


背後から追い抜きざまに、ちゅ、と頬を掠める風があった。


また今日もやられた……


拳を握りしめ、既に数メートル先に行ってしまったヤツの後頭部を、射抜く勢いで睨み付ける。


当の本人は、次々と女子を追い越しては、ちゅ、と唇を振りまいていた。


その男子生徒の名は、西島ワタル。


高校に上がって、ヤツと同クラになってから、約1ヶ月。


それしか経ってないというのに、もはや見慣れた光景になりつつある。


「おはよーワタル」
「もー。やめてよねー」


きゃっきゃとハシャぐ女の子たちも、いつもの光景。


アホか。

ちょっと見てくれがいいからって。

ちょっとスポーツが出来るからって。

そこそこ勉強が出来るからって。


あんな行為を迎合する女子の気持ちが全くわからない。


何よりヤツのイントネーションでは、私の名が『チーズ』にしか聞こえないのが、腹立つ。



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