く ち び る


 一体、いつからだったのだろう。気が付いた時にはいつも、僕のこの両目は、彼女の姿を探すようになっていた。

 とりわけ美人という訳ではないけど、彼女――遠山詠美(とおやま えいみ)には惹かれるものがある。いつでも笑みを絶やさないその口元は、緩やかに優しい弧を描いていて。その透き通るような声が紡ぎ出される瞬間は何だか緊張してしまい、心臓がぎゅっと掴まれたような気分になるのだった。

 彼女を纏う空気は、僕やその他の人達のものとは違うのではないかと思ってしまう。凛としていて、透明感があって。周りが萎縮してしまいそうなほどの存在感に、意思とは関係なく溜め息が洩れる。

 ――君だけを、君のことだけを、ずっと見つめていたい。

 彼女の全てが僕を引き付けているのは、事実なのだけど。結局は、最も心を奪われるポイントは一つだけなのだ。

 本人はあまり好きではないらしいけど、そのふっくらとした厚みは、他の人にはない、君だけの魅力。紅要らずなのではないかと思えるくらいの赤みが差していて、思わず触れたくなってしまう。

 いつか、その赤に柔らかく触れて、君の頬を染めてみたい。ずっとそう思って、過ごしてきたけれど。願っていた瞬間は、意外にも早く訪れるのだった。


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