く ち び る


「日見山(ひみやま)ー。すまんが、これを職員室まで運んでおいてくれるかー?」



 少し、ほんの少しだけ、のんびりと帰り支度をしていたばっかりに、担任に捕まってしまった。めんどくさいな……そう思うのだが、断る理由もないので、静かに頷く。友達からは「おっ、格(いたる)優等生じゃん!」などの声が上がるが、お前達は、優等生ってのがどんなものか分かってないだろう。心で呟いて、指示されたことを黙って実行に移した。

 今日の放課後までに提出の、数学の課題のノート。クラス全員分となると、一人では少し重いくらいだった。二回に分けて運ぶ手もあったのだが、何しろ往復するのが面倒で、若干無理矢理ではあるが、全て抱えていき、担任のデスクに置いてやった。

 まったく、どうして僕がこんなことを。そう思いながらも、丁度すれ違った担任に「おう、すまんな!助かったぞ」と言われると、“まぁいっか”と思って、頭を下げてしまうのだった。

 ――最近は、季節の変わり目だからか雨が続いていた。だから、久し振りに夕焼けを見た。目を閉じていても感じる、微かなオレンジの光。あぁ、秋の色だな、と思った。


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