く ち び る


「まだ時間あるのにね」

「だよなー。十分もあんじゃん」

「ねぇ。……あ、ごめん…トイレ行ってくるから、一応荷物見てて?」

返事もろくに聞かず、私は席を立つ。

――――何、この緊張。

トイレの個室に逃げ込んだ瞬間、私はがっくりとひざを着いてしまった 。

表に出さないように、それだけで必死。

荷物も持ってきていないのに、しばらくして個室を出てまず、鏡で化粧 崩れがないか確認。直せもしないのだけど。

そして、だいぶ落ち着きを取り戻してから、場内へ戻った。

私を見つけて手招きをする笑顔に、どうしても胸が熱くなる。

今までなら、当たり前だったのに。

「今何分くらい?」

「んー、…あと、三分?あ、電源切らないと」

言われて気づく。バッグから携帯を取り出して、通話切断ボタンを数秒 。

何でこんなに変に、意識してしまっているのだろうか。

関係が変わったから。それはどこか違う気がする。

改めて、男の人なんだと、しっかり認識してしまった。

答えなんて簡単で、そしてまた、この人の彼女が自分なんだと思うと、 幸せで言葉が詰まる。

うまく協調しない二つの気持ち。


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