く ち び る


 落ち着いて場内に戻ると、私に気づいて手招きをする。


 そんな彼に薄ら微笑んで、私は座席に着いた。



「……あ」


「…照明、落ちたね……」



 暫く広告が続いて、映画といえばの、盗撮録音防止の呼びかけ。


 また少し広告を挟んで、映画が始まった。


 ふと隣を見ると、視線が重なって。



「始まったなー」


「……う、ん…そだね」



 さっきから、変に緊張している自分が恥ずかしい。


 もう、ちゃんと笑って返せたかどうかも、全く自信がない。



「俺、恋愛映画見たこと無いんだよなー…」


「そうなんだ」



 ……この映画が恋愛映画であることを、忘れつつあった。


 どうしよう。今恋愛映画なんて見たら。



 映画は無情にも進んでいく。


 私の心配なんて、そ知らぬふりをして。


 せめて、内容を 事前に確認しておくべきだった。


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