く ち び る
一度、一週間ほど前に、言ったことがある。
「名前で呼ばないでくれる?」
実際男子は私のことを名字で呼んでいたし、女子からは距離をおかれていたから、私のことを名前の「千都」と呼ぶのはクラスでヤツだけだった。
名前で呼ぶというのはヤツにとって何でもない事なんだろうけど、周りがみんなそうだとは限らない。
「どうして?」
きょとんとした顔で聞き返され、私は口ごもった。
気安く気軽に呼ばれたくないと、ストレートに言うのは、当時の私には気がひけた。
誰彼構わず頬へ口付けるような唇で、私の名をかたどらないで欲しい、なんて。
「可愛い名前なのに、呼ばないなんて勿体ないよ。
それに、とても似合ってる」
にこ、と笑った顔に、私は思った。
ワタルって名前、よく似合ってるよ。
女から女をワタり歩くって感じで。
全国のワタルさんには申し訳ないが、彼のワタルはそのための名前だと思った。