く ち び る


じゃあさ、と私は話題を変えた。


「私には普通の挨拶をしてくれない?」


ヤツはまたしても、きょとんとした顔を私に向けた。


「普通に挨拶してるけど」


どこが普通だ、どこが。


「……言葉だけでいいんだけど」

「あー、あれ。女の子のほっぺたって柔らかくて気持ちいいんだもん」


悪びれずにしれっと言ってきたヤツに、私はこめかみを押さえたくなった。


脳みそが異次元にあるのだとしか思えない。


「あれでコンディションとか機嫌もわかるし。
女の子の繊細な頬には、唇が一番いいんだよね。
触れるときは細心の注意気を付けてるつもりだけど、何、痛かった?」


脳みそは異次元に置き去りにしてきたようだ。


「……私には挨拶いらないから」

「え、なんで。
挨拶は基本でしょう」


こっちが『なんで』と聞き返したい。


どこをどう弄くったら、『基本の挨拶』がああなるのよ。


< 7 / 116 >

この作品をシェア

pagetop