ショートストーリー
その日はいつもよりも人が少なくて、私とキミの間には何の隔たりもなかった。
いつもよりスッキリとした車内。
聞こえてくるのはガタン、ガタンという電車の音だけ。
なんとなく手持ち無沙汰で、鞄から携帯を出そうとした時だった。
ちょうど次の駅に到着して電車が揺れた。
そのはずみで、携帯に紛れて鞄のポケットから転がり出たリップクリーム。
それをうまく掴むことができなくて、床に落としてしまった。
「あ。」
リップクリームがキミの居る方向に向かって転がっていく。
まるで引きつけられているかのように。
その時はただ、拾わなきゃ、という思いだけしかなくて、私は立ち上がってそれを追いかけた。