ショートストーリー
「どうぞ。」
そう言ってキミは私のリップクリームを差し出してくれた。
低くて落ち着いた声と、優しい笑顔と一緒に。
「あ、ありがとうございます。」
拾ってくれたキミの優しさと低い声に、ああ、また好きなところが増えた、と思った。
顔が赤くなるのを気づかれたくなくて、急いで席に戻ろうとすると、いつの間にか私が座っていたはずの席に知らないおじさんが座っていた。
他にも空いている席があるはずなのに、どうしてあそこに座るかなあ。
そんなことを心の中でつぶやいて、なんとなく恥ずかしくなった。
「席、とられちゃいましたね。」
立っている私より低いところから聞こえてくるキミの声。
まさか話し掛けられるとは思っていなかったから驚いてしまって、そうですね、と小さな声で言うのが精一杯だった。
「ここ、空いてますけど。
座ります?」
そう言ってキミが指差したのは、キミの隣りの席。
断る理由が特に見つからなかったし、何より隣りに座れるなんてこれ以上ないくらいに嬉しい。
「あ、ありがとうございます。」
だから私は、素直に座ることにした。
だけど、赤くなった顔を隠す余裕はなかった。