ショートストーリー
 
あいつは半年くらい前に隣りの部屋に引っ越してきた。


名字はたしか月島だったはず。

下の名前は知らない。
年齢も。
どんな仕事をしてるのかも知らない。

私が知っているのは、背が高くて色白で、声が低いってこと。
それと、少し困ったように笑う顔がとても可愛い、ということだ。


そして私は、その笑顔のせいでこいつを好きになってしまった。


これって一目惚れっていうのかな?

だとしたらあまりにも悲惨な一目惚れだ。

彼女と仲良く電話している時の、はにかんだ笑顔に惚れてしまったのだから。


ベランダに出て空を眺めながら、とても幸せそうに話すあいつの姿は、くやしいけどとてもかっこいい。

月に照らされたあいつの笑顔は、私を切ない気持ちにさせる程魅力的だった。


だけど私達は、友達と呼べる関係ですらない。

ただのお隣さん。

少なくともあいつにとってはそうだろう。

時々こうして夜にベランダで言葉を交わすくらいで、普段は顔を合わせることがない。

だから私は、月の光で照らされたあいつの顔しか見たことがないのだ。


月の光に照らされた、あまりにも魅力的なあいつの笑顔しか。
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