最初から、僕の手中に君はいる
13 試食会
吉住オーナーの店に来たのはこれが3度目になるが、本店は初めてだった。
外装から既に支店とは雰囲気が全く違っており、かなりゴージャスな雰囲気であった。
大人のお金を持った人しか入れそうにない、敷居が高そうな雰囲気は、高級クラブを思わせる外観のせいかもしれない。
ところが、中に入ると、雰囲気ががらりと変わり、さわやかな明るいイタリアンの店になる。
これでランチが2500円なら、ちょっと特別な日にいいかもしれないと思いながら、案内された低いテーブルを前に2人でソファに腰かけた。
正面の畑山は、さっそくおしぼりで手を拭きながら、
「へえー……」
と、天井を見渡している。
既に準備されていたナイフとスプーンの他に、白いプリントが置かれ、本日のメニューや使っている食材が事細かく書かれていた。
「えっ!? 1,000円!?」
思わず声に出ていた。
前菜、自家製パン、パスタにデザートとドリンクでなんと破格の1,000円というのだ。
「これ、今日の値段ですか?」
私は思わず畑山に聞いた。
「え、今日はタダでしょ? 違うの?」
畑山は私のプリントを手に取り見ながら、
「設定価格1000円だから、今日じゃないね……。でもまた、思い切ったね。
さあ……、しばらくは1000円でいくだけなのか、1000円程度の物なのか、1000円で本当にできるのか」
「だって、夜の感じで昼1000円だったら、並びますよ、絶対」
「あそう?」
「うん、安い。美味しい。綺麗」
「まだ出てないけど」
畑山は笑いながらプリントを返した。
「えー、すごい。私、ここに入った瞬間、2500円だと思いました」
「入って値段が分かるんだ」
「まあ、ランチくらいならそこそこ行ってますから」
「今日は一緒に来てもらって、本当良かったな」
まだ何も言ってないし、食事も出ていないが、畑山は機嫌よさそうに笑った。
かくして、次々と順序よく出てきた料理は実際はどうだったのか。
「あー! サラダの人参、星になってます! こういうのは夜はいらないかもしれないけど、昼はいるかもしれない」
「へー、よく分からないけど」
畑山は笑いながら、も「確かに1000円は安いな」と納得しながら続けて食べた。
「あ、デザート多い!」
「それはマイナスなの?」
「いえ、これは絶対条件です。デザート多いの」
「あそう」
デザートはしっかりしたシフォンケーキと生クリームがついてくる。
いろどりにフルーツも添えて、バッチリだ。
「これ、何で1,000円なんでしょう」
私は、ゆっくり舌で味わいながら畑山に聞いた。
「やっぱ夜の分で仕入れが安いんじゃない? 人件費もシフトでどうにかなるんだろうし。広告宣伝費もいらないからね」
「これ、支店の方でもしてほしいですね。でも並びますよー、絶対。けど、予約制になるともったいないですしねえ、数回さないといけないし」
「そうだね。でも、薄利多売になると、なんか雰囲気壊れないかな」
「そうですね……。だけど、夜来られない人はいいかもしれない。そう、夜来られない人用なんじゃないですかね。そして、更に1000円で昼来てもらって、夜もって流れとか。
……すごい! 美味しい! 」
「お褒め頂いてありがとうございます」
背後からゆっくりと現れたのは、本日はオーナーではない男性従業員であった。
「畑山様、いらっしゃいませ」
「すごいね、1000円。大絶賛だよ」
畑山の合図に合わせて、私は背の高い、茶髪のベテランそうな従業員に笑いかけた。
「完全女性目線ですが、男性はどうでしょう?」
「とにかく、安くてうまいね。若い子でもデートにはもってこいかもしれない。けど年齢が下がると雰囲気が心配だけど」
「昼は昼で雰囲気を変えるというのがもともとの狙いでもあります。客層を広げるのが目的ですからね」
「そうなんだ」
「私、サラダの人参が星になってるのすごいと思いました。1000円でそこまで凝ったランチってありません」
「ありがとうございます。女性従業員のアイデアでして。少し手間をかけてできることならやろうと言ってくれまして。そこを評価して頂いて大変光栄です」
従業員は優しく微笑んでくれる。
「あと、デザートもちゃんとしたケーキが出て驚きました」
「従業員の実家でケーキ屋さんをしている方がおりまして、そこで安く仕入れることができたものですから。でなければやはり、ムースか、プチケーキが限界だったでしょうね」
「採算度外視?」
畑山は聞いた。
「いえ、採算はきちんととれています。そんな、度外視なんてオーナーはしませんよ」
「ちゃんとしてるからなあ」
畑山は笑った。
「すごいすごいー、大満足です」
「この、ドリンクのおまかせって何? 僕コーラーだけど」
畑山はおまかせにして、コーラーが出ていた。
「実は、当日のお洋服と同じ色のジュースが付きます」
「えー!? 嘘、ほんとですか!? たとえば黄色ならなんです?」
「コーラ、ラムネ、レモンスカッシュ、ストロベリー、青りんごの5種類で対応します」
「うわー、じゃあ私、今日黄色のカーディガンだから、レモンスカッシュですか?」
「そうですね。おまかせを選んで頂いておりましたら、本日のお洋服に合わせていただきました、と一言添えて、お出しします。今日はご説明を兼ねるつもりで、言いませんでしたが」
「えーもーすごいー……」
溜息をつきながら、しばし、従業員を見つめて、アイデア満載の1000円ランチに酔った。
「柏木君、色目使わないように」
畑山が少し顎を上げて、指示する。
「大変申し訳ありません。では、ごゆっくり」
柏木は、笑いながら、テーブルを去っていく。
「良いコメント、ありがとう」
畑山は、顔を寄せ、小さな声で言った。
「いえっ、本当に良いランチでした。すごく素敵。吉住さん、素敵だなあと思いました」
「なんか方向ずれてるけど」
畑山は困り顔で言う。
「えっ、そうですか? 今日はお会いできなくて、本当残念ですね!」
外装から既に支店とは雰囲気が全く違っており、かなりゴージャスな雰囲気であった。
大人のお金を持った人しか入れそうにない、敷居が高そうな雰囲気は、高級クラブを思わせる外観のせいかもしれない。
ところが、中に入ると、雰囲気ががらりと変わり、さわやかな明るいイタリアンの店になる。
これでランチが2500円なら、ちょっと特別な日にいいかもしれないと思いながら、案内された低いテーブルを前に2人でソファに腰かけた。
正面の畑山は、さっそくおしぼりで手を拭きながら、
「へえー……」
と、天井を見渡している。
既に準備されていたナイフとスプーンの他に、白いプリントが置かれ、本日のメニューや使っている食材が事細かく書かれていた。
「えっ!? 1,000円!?」
思わず声に出ていた。
前菜、自家製パン、パスタにデザートとドリンクでなんと破格の1,000円というのだ。
「これ、今日の値段ですか?」
私は思わず畑山に聞いた。
「え、今日はタダでしょ? 違うの?」
畑山は私のプリントを手に取り見ながら、
「設定価格1000円だから、今日じゃないね……。でもまた、思い切ったね。
さあ……、しばらくは1000円でいくだけなのか、1000円程度の物なのか、1000円で本当にできるのか」
「だって、夜の感じで昼1000円だったら、並びますよ、絶対」
「あそう?」
「うん、安い。美味しい。綺麗」
「まだ出てないけど」
畑山は笑いながらプリントを返した。
「えー、すごい。私、ここに入った瞬間、2500円だと思いました」
「入って値段が分かるんだ」
「まあ、ランチくらいならそこそこ行ってますから」
「今日は一緒に来てもらって、本当良かったな」
まだ何も言ってないし、食事も出ていないが、畑山は機嫌よさそうに笑った。
かくして、次々と順序よく出てきた料理は実際はどうだったのか。
「あー! サラダの人参、星になってます! こういうのは夜はいらないかもしれないけど、昼はいるかもしれない」
「へー、よく分からないけど」
畑山は笑いながら、も「確かに1000円は安いな」と納得しながら続けて食べた。
「あ、デザート多い!」
「それはマイナスなの?」
「いえ、これは絶対条件です。デザート多いの」
「あそう」
デザートはしっかりしたシフォンケーキと生クリームがついてくる。
いろどりにフルーツも添えて、バッチリだ。
「これ、何で1,000円なんでしょう」
私は、ゆっくり舌で味わいながら畑山に聞いた。
「やっぱ夜の分で仕入れが安いんじゃない? 人件費もシフトでどうにかなるんだろうし。広告宣伝費もいらないからね」
「これ、支店の方でもしてほしいですね。でも並びますよー、絶対。けど、予約制になるともったいないですしねえ、数回さないといけないし」
「そうだね。でも、薄利多売になると、なんか雰囲気壊れないかな」
「そうですね……。だけど、夜来られない人はいいかもしれない。そう、夜来られない人用なんじゃないですかね。そして、更に1000円で昼来てもらって、夜もって流れとか。
……すごい! 美味しい! 」
「お褒め頂いてありがとうございます」
背後からゆっくりと現れたのは、本日はオーナーではない男性従業員であった。
「畑山様、いらっしゃいませ」
「すごいね、1000円。大絶賛だよ」
畑山の合図に合わせて、私は背の高い、茶髪のベテランそうな従業員に笑いかけた。
「完全女性目線ですが、男性はどうでしょう?」
「とにかく、安くてうまいね。若い子でもデートにはもってこいかもしれない。けど年齢が下がると雰囲気が心配だけど」
「昼は昼で雰囲気を変えるというのがもともとの狙いでもあります。客層を広げるのが目的ですからね」
「そうなんだ」
「私、サラダの人参が星になってるのすごいと思いました。1000円でそこまで凝ったランチってありません」
「ありがとうございます。女性従業員のアイデアでして。少し手間をかけてできることならやろうと言ってくれまして。そこを評価して頂いて大変光栄です」
従業員は優しく微笑んでくれる。
「あと、デザートもちゃんとしたケーキが出て驚きました」
「従業員の実家でケーキ屋さんをしている方がおりまして、そこで安く仕入れることができたものですから。でなければやはり、ムースか、プチケーキが限界だったでしょうね」
「採算度外視?」
畑山は聞いた。
「いえ、採算はきちんととれています。そんな、度外視なんてオーナーはしませんよ」
「ちゃんとしてるからなあ」
畑山は笑った。
「すごいすごいー、大満足です」
「この、ドリンクのおまかせって何? 僕コーラーだけど」
畑山はおまかせにして、コーラーが出ていた。
「実は、当日のお洋服と同じ色のジュースが付きます」
「えー!? 嘘、ほんとですか!? たとえば黄色ならなんです?」
「コーラ、ラムネ、レモンスカッシュ、ストロベリー、青りんごの5種類で対応します」
「うわー、じゃあ私、今日黄色のカーディガンだから、レモンスカッシュですか?」
「そうですね。おまかせを選んで頂いておりましたら、本日のお洋服に合わせていただきました、と一言添えて、お出しします。今日はご説明を兼ねるつもりで、言いませんでしたが」
「えーもーすごいー……」
溜息をつきながら、しばし、従業員を見つめて、アイデア満載の1000円ランチに酔った。
「柏木君、色目使わないように」
畑山が少し顎を上げて、指示する。
「大変申し訳ありません。では、ごゆっくり」
柏木は、笑いながら、テーブルを去っていく。
「良いコメント、ありがとう」
畑山は、顔を寄せ、小さな声で言った。
「いえっ、本当に良いランチでした。すごく素敵。吉住さん、素敵だなあと思いました」
「なんか方向ずれてるけど」
畑山は困り顔で言う。
「えっ、そうですか? 今日はお会いできなくて、本当残念ですね!」