最初から、僕の手中に君はいる

15 男の手料理

 口には出さなかったが、

「部長って一体いくらもらっているの!?」と、マンションを見た時点で思った。

 まさかワンルームマンションに住んでいるはずはないとは思っていたが、こんな高級マンションに住んでいるとも思いもしなかった。

 しかも、3LDK。1人では、広すぎる。

「最近引っ越したんだよね」

 言いながら、カードキーでドアを開ける。この廊下の空間もホテルのように室内仕様でエアコンがきいているため、不快な思いをすることが全くない。

 ドアが開き、畑山に続いて中に入る。予想通り、広い。

「えっ、いつ引っ越したんですか?」

「んー、1年くらい前」

 きちんと出してくれたスリッパを履いて、案内されるがままに進む。

 27階の窓からは、夕方を忙しく走る車のライトが綺麗に見渡せ、これが畑山の生活というものだったのかと、思い知らされた。

「ごめんね、急だったから片付けできてないけど」

 というわりには、特に荒れている様子はない。

 白いテーブルの上に新聞や雑誌が無造作に置かれてはいるが、それ程度で、今畑山が片付けているソファの上の上着だって、大したことではない。 

 掃除もきちんとできているようだ。私の家みたいに、黒いテレビの前に白い埃がたっているわけでもないし、雑誌の下のテーブルもきちんと拭かれている。

 几帳面な性格なのかもしれないな、今まで感じなかったが、私生活はそうなのかもしれなかった。

「ソファで座ってて」

「あっ、お手伝いします」

 慌てて、バックをソファに置いて、キッチンへ向かう。

「あそう? 悪いね」

 キッチンももちろん汚れていない。

 シンクにコップと皿が少しあったが、生活感はほとんどない。

「1週間くらい前にね、冷凍だけど、友人が海鮮セット送ってくれたのよ」

「へえー……」

 セットということは、ダシなども全部ついているのだろうか。

 と、思ったが、実際は、密封パックにカニやタイが入っているだけで、

「ダシから作るんですか?」

「悲しいことにね、これが作れるんだよ」

 畑山は苦笑しながら、手早く土鍋を出した。

「IHは土鍋使えないから、コンロをわざわざ買ったんだよ。ここへ引っ越した後に」

「へえー……」

 普段、まだガス使いの私は、ただ畑山がガスコンロをセットする様を見る。

「彩は料理するよね。クッキー作ってたし」

 呼び捨て……。

「あ、まあ、多少……。でも、自分のために作るのは面倒です」

 ここで良い子ぶりたくない気がして、あえて本心を述べた。

「僕と一緒だね」 

 笑顔でそう言われたが、まあ、なんとも答えづらい。

「今日は座ってていいよ。僕の番だから」

 番…………。

「いえ、そんなわけには……」

「手伝いたい?」

 畑山は、濡れた手で豪快に密封パックのビニールを外しながら聞く。

「はい、手伝わせて下さい」

 上下関係ってそういうやつでしょ。

 そう思って返事したのに、

「僕との料理なら手伝いたいって嬉しいね」

 と、若干勘違いされた。

 えっと、まあ、……そういうことなんだろうか?

「あれ、返事なし?」

 畑山はこちらを見て聞く。

「ええっ、いえ、そんなことありませんっ!」

 とっさの返事が間違っている気がしたが、仕方ない。

「彩は分かりやすいね」

 言いながら、畑山は冷蔵庫からしいたけと白菜、豆腐を取り出した。

「えっ……」

 更にこちらを見ずに続ける。

「僕との料理だから手伝いたいってわけじゃないんだけどなーって顔してる」

「えっ、いえっ、そんなことないですっ! 手伝わせて下さい!」

「あれ、僕の勘違い?」

「えっ、はい。手伝いたいです」

「んじゃあねえ……」

 キッチンは2人作業できないこともないが、私がいると邪魔になりかねない。

 畑山もタオルを手を拭きながら、辺りを見てそう思っている気がした。

「そこで見てて」

「…………」

 言っておきながら、几帳面そうだから、人にキッチン汚されるのが嫌なのかもしれないな……。

「あ、はい……」

 畑山は手際よくどんどん作業を続ける。コンロにかけていた水と醤油とみりんがダシになってきているので、後は切って入れるだけだ。

「…………一人暮らしって何年くらいしてるんですか?」

「うーん、もうかれこれ15年?」

 白菜はとんとんリズムよく切られているが、大きさはまばらだ。

「長いですね……」

「うん、それに今は家が広いからいつでも2人で暮らせるよ」

「…………」

 返す言葉が見つからなかったが、畑山は作業に集中しているのか、そこでうまく会話が途切れる。

「彩は? 1人暮らし何年くらい?」

「大学の時からなので、7年くらいです」

「その間、彼氏とかいた?」

「そりゃ……7年も1人だったわけじゃありません。だって畑山部長もでしょう!?」

 責められた気がして、責め返す。

「15年間彼女いなかったかどうかって?」

「逆にいてほしいです」

 思うがままに言うと、畑山は笑い、

「いたけど、会社の人と付き合ったことはないね」

「あ、えっと、企画部の方は断ったんでしたっけ?……あれ、私これ、誰から聞いたっけ?」

 そういえば畑山から聞いた話ではなかったな、と宙を仰ぐ。

「池内さんでしょ」

 畑山は笑いもせずに答えた。

「あっ、そうだ……ですよね? もてますよね、畑山部長」

「まあ、誰から好かれても、彩さんから好かれないと意味ないけどね」

 煮立ったダシに、具を豪快に入れて、菜箸で整える手つきは本当に慣れている。

「……畑山部長って何型ですか?」

「血液型?」

「はい」

「AB」

「あっ、前聞きましたね。真紀さんから」

「何?(笑)。何型に間違えられることも特にないけど」

「おうちがすごく綺麗ですよね。突然の来客でも全然大丈夫」

「……たまたま昨日掃除したからね」

 畑山はコンロを一旦切り、あっちに移動しよう、とリビングのテーブルに移動させた。

「あつー」

 畑山は額の汗を手で拭きながら、エアコンの温度を下げる。広いリビングなので温度が下がりきるまで時間がかかるかもしれない。

 真夏に鍋というチョイスに今更、時期外れなことを思い出したが、細々つくって時間がかかるよりはずっといい。

「さ、食べようか」

 畑山はご飯を装い、何から何まで準備してくれる。

「すみません、ありがとうございます」

 2人はソファではなく、テーブルを囲んで座布団に座る。

「ビールが飲みたくなるね」

 嫌な予感がしたが、仕方ない。

「あっ、どうぞ。私は1人で帰れますから」

 部下はこう言うものなのだ。

「ごめんね、今日は送れなくて」

 畑山は本当に冷蔵庫からビールを取り出す。

 やけに今日はすんなり引いたな、と思いながら、対面して座りラフな姿で缶ビールを傾ける姿を、じっと見ていた。

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