最初から、僕の手中に君はいる
♦
やはりまずかっただろうか……書類をデスクの上に置いて帰るだなんて。
帰りがけ、一応報告するつもりではいたが、畑山が共用パソコンの前で電話をしていたため、報告書をデスクの上に置いて帰った、という流れにした。
だが実際は報告をしたくなかったため、そこを利用したという他なかった。
しかし、家に帰って思う。やはり、報告くらいするべきだったのではないか。
言って帰るべきだったのではないか、と。
電車に乗り終え、自宅に着くなり、意を決して会社に電話をかけた。畑山の携帯電話の番号を聞いておかなかったことを、こんなことになってから後悔しても遅かった。
時刻は午後6時。もしかしたら、もうみんな帰ったかもしれないと思いながら直通にかけると、なんとか人が出た。
『もしもし』
秋元だった。
「もしもし、お疲れ様です、すみません。あの、私今日報告書……報告せずに帰ったんです……けどやっぱり、部長に報告しようと思って……」
『もういいよ。報告書ちゃんと出したんだし。それに今、部長は電話中だから』
何か他の案件が長引いているのかもしれないと思いながらも、
「秋元さん、携帯番号知ってますよね? 良かったら教えてくれませんか?」
『いいよ、大丈夫。私が言っとくから。電話してきたこと』
優しい秋元のことだ。気遣って言ってくれているのだろう。
「……そうですか……、すみません。じゃあ、携帯番号聞きにここへかけてきたことを伝えておいてください」
そう伝えてくれれば、畑山が秋元に私の電話番号を聞き、掛け直してくれるに違いない。今の報告が大事というよりも、明日の仕事のために、報告をしておきたくなったのだ。
『うんうん、言っとく。もう気にしなくていいよ、じゃあね、お疲れ』
「はい、すみません、お疲れ様でした」
いつ、掛け直してくれるだろう……、今の電話が終わった後だろうか、それとも帰宅する前だろうか、それとも、帰宅した後だろうか……。
時間はどんどん流れていく。
8時、9時、10時、11時……。
携帯はちゃんと音が鳴るようにしておき、風呂上りもトイレの後も着信の確認をしっかりした。新着以外もちゃんと見たのに。
それが畑山という人なのだろうか、彼から連絡が入ることは、この日一度もなかった。
♦
翌日、重い溜息の中、手荷物を持って出社した。
何か誠意を見せた方がいいと考えた私は、カップケーキを焼いて会社へ持って来たのであった。
しかし、これを見せて「部長の機嫌を取るために」とは言えないので、結局その誠意は見えないことになるが、まあ、少しでも印象をよくする手助けになるには違いない。
朝は部長が一番に出社しているので、いつもより10分早く出社し、みんなが来る前に前日のケリをつけておくことにした。
部屋には部長以外誰もいないと思いきや、
「どうも、おはようございます!」
と、元気よくシニアの菅原がにこやかに挨拶をしてきた。
まあ、菅原なら大丈夫か、と私も挨拶を返し、
「今日はカップケーキを焼いてきたんですよ」
と、紙袋からお皿を出して、テーブルに広げた。
「カップケーキですかあ! うまそうやけど、今日のデザートまでとっときますわ」
菅原は大声で宣伝をしてくれる。畑山がちらとこちらを見たのが見えた。
すかさず、小走りで近づき、
「あの、昨日はすみません」
と、頭を下げた。
「おはよう」
「あっ、おはようございます!」
挨拶を忘れていたことを、言われて思い出した。
「あの、昨日誤差の報告をせずに帰りました……」
目線を伏せて話を始めた。
「ん? 報告書あるから分かったよ?」
「いえでも、報告してから帰るべきでした。すみません。それで、帰ってから会社に電話かけたんですけど」
「えっ、何で?」
畑山が何も知らないことに、私は驚いた。
「えっと……、やっぱり報告しようと思って。でも、畑山部長の携帯が分からなかったので、会社にかけたんですけど。そしたら秋元さんが出て、伝えてくれるとは言ってたんですけど……」
「いや、何も聞いてないよ。あそう……。一応、僕の携帯教えておこうか。何もないとは思うけど、何かの時のために」
畑山は言いながら、黒のスマートフォンを出した。
「あ、はい、お願いします」
同じことが2度ないとは限らない。私は、その番号をすぐに赤外線で登録した。
それよりも、気になるのは秋元が何故部長に伝えてくれなかったか、ということだ。
秋元は部長に興味があるわけでもなさそうだし、ただの親切心だとは思うが……。
とにかく、これで誤差の件はカタがついた。後は、誤差をしないように入力ミスに注意するのみだ。
やはりまずかっただろうか……書類をデスクの上に置いて帰るだなんて。
帰りがけ、一応報告するつもりではいたが、畑山が共用パソコンの前で電話をしていたため、報告書をデスクの上に置いて帰った、という流れにした。
だが実際は報告をしたくなかったため、そこを利用したという他なかった。
しかし、家に帰って思う。やはり、報告くらいするべきだったのではないか。
言って帰るべきだったのではないか、と。
電車に乗り終え、自宅に着くなり、意を決して会社に電話をかけた。畑山の携帯電話の番号を聞いておかなかったことを、こんなことになってから後悔しても遅かった。
時刻は午後6時。もしかしたら、もうみんな帰ったかもしれないと思いながら直通にかけると、なんとか人が出た。
『もしもし』
秋元だった。
「もしもし、お疲れ様です、すみません。あの、私今日報告書……報告せずに帰ったんです……けどやっぱり、部長に報告しようと思って……」
『もういいよ。報告書ちゃんと出したんだし。それに今、部長は電話中だから』
何か他の案件が長引いているのかもしれないと思いながらも、
「秋元さん、携帯番号知ってますよね? 良かったら教えてくれませんか?」
『いいよ、大丈夫。私が言っとくから。電話してきたこと』
優しい秋元のことだ。気遣って言ってくれているのだろう。
「……そうですか……、すみません。じゃあ、携帯番号聞きにここへかけてきたことを伝えておいてください」
そう伝えてくれれば、畑山が秋元に私の電話番号を聞き、掛け直してくれるに違いない。今の報告が大事というよりも、明日の仕事のために、報告をしておきたくなったのだ。
『うんうん、言っとく。もう気にしなくていいよ、じゃあね、お疲れ』
「はい、すみません、お疲れ様でした」
いつ、掛け直してくれるだろう……、今の電話が終わった後だろうか、それとも帰宅する前だろうか、それとも、帰宅した後だろうか……。
時間はどんどん流れていく。
8時、9時、10時、11時……。
携帯はちゃんと音が鳴るようにしておき、風呂上りもトイレの後も着信の確認をしっかりした。新着以外もちゃんと見たのに。
それが畑山という人なのだろうか、彼から連絡が入ることは、この日一度もなかった。
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翌日、重い溜息の中、手荷物を持って出社した。
何か誠意を見せた方がいいと考えた私は、カップケーキを焼いて会社へ持って来たのであった。
しかし、これを見せて「部長の機嫌を取るために」とは言えないので、結局その誠意は見えないことになるが、まあ、少しでも印象をよくする手助けになるには違いない。
朝は部長が一番に出社しているので、いつもより10分早く出社し、みんなが来る前に前日のケリをつけておくことにした。
部屋には部長以外誰もいないと思いきや、
「どうも、おはようございます!」
と、元気よくシニアの菅原がにこやかに挨拶をしてきた。
まあ、菅原なら大丈夫か、と私も挨拶を返し、
「今日はカップケーキを焼いてきたんですよ」
と、紙袋からお皿を出して、テーブルに広げた。
「カップケーキですかあ! うまそうやけど、今日のデザートまでとっときますわ」
菅原は大声で宣伝をしてくれる。畑山がちらとこちらを見たのが見えた。
すかさず、小走りで近づき、
「あの、昨日はすみません」
と、頭を下げた。
「おはよう」
「あっ、おはようございます!」
挨拶を忘れていたことを、言われて思い出した。
「あの、昨日誤差の報告をせずに帰りました……」
目線を伏せて話を始めた。
「ん? 報告書あるから分かったよ?」
「いえでも、報告してから帰るべきでした。すみません。それで、帰ってから会社に電話かけたんですけど」
「えっ、何で?」
畑山が何も知らないことに、私は驚いた。
「えっと……、やっぱり報告しようと思って。でも、畑山部長の携帯が分からなかったので、会社にかけたんですけど。そしたら秋元さんが出て、伝えてくれるとは言ってたんですけど……」
「いや、何も聞いてないよ。あそう……。一応、僕の携帯教えておこうか。何もないとは思うけど、何かの時のために」
畑山は言いながら、黒のスマートフォンを出した。
「あ、はい、お願いします」
同じことが2度ないとは限らない。私は、その番号をすぐに赤外線で登録した。
それよりも、気になるのは秋元が何故部長に伝えてくれなかったか、ということだ。
秋元は部長に興味があるわけでもなさそうだし、ただの親切心だとは思うが……。
とにかく、これで誤差の件はカタがついた。後は、誤差をしないように入力ミスに注意するのみだ。