晴明の悪点
今、己はどちらの姿であるべきだろうか。
外道の貴公子、天冥たる姿か。
鬼も恐るる多優か。
こんなにも堕ちた自分は、今や莢に会わす顔などない。
彼女の前に下げる面など、どの面もないのだ。
それなのに、自分はどんな人間として莢の前に現れればいいのか―――そんなことを、
高尚にも考えてしまった。
「ふん・・・」
俺は馬鹿だなあ、会わなければいいだけの話ではないか。
不満げに天冥は鼻を高らかに鳴らすのだった。
後ろを何かが歩いてゆく気配がしたが、今はさほど気にはならない。
「――なにか悩み事かよ」
気配を発しているそれが、若年の男の声で天冥に話しかけた。
途端、天冥は勢いよく背を振り返った。
すぐ後ろに、異様な呪力を漂わす青年がいた。
年は二十代前半か、足元に届かんばかりに黒髪は伸び放題にされ、そのくせ整髪もされていない。
黒い目は大きく、長すぎる前髪から覗く肌は不気味な白さである。
見たところ白い袴姿の宮司のような姿のようだが、服装はぼろぼろで、ひどく品がない。
「おやおや、これは」
天冥は先ほどの自分を掩蔽するように、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「天乙貴人(てんおつきじん)殿ではないか」
「いかにも」
男、天乙貴人はうなづいた。
天乙貴人――安倍晴明が式神に下した、十二天将の一人である。
その容姿は荒神のようとも、天女のようとも伝えられており、天将の中でもよい運気を持つとされる。
しかし――天乙貴人たるものが、斯様なみすぼらしい姿をしているとは思わなかった。
おそらく、彼を式神とした晴明も当初は驚いたろう。
百聞は一見にしかず、だ。
「晴明はよいのか、式神はそばに控えておるものであろう。
それに、一条戻り橋に封印されておるそなたが、自由に出歩けるのか」
十二天将たちは、晴明の妻がそれらを怖がったため、晴明が一条戻り橋の下に封印し、使うときに使ったという。
もっと、土の中に眠っているものだと思っていた。