晴明の悪点
「……遠子様」
暫く黙りこみ、低く、珍しく男らしい声で清明は必死に訴えた。
「お分かりだと思いまするが、そのことは遠子様に危険が伴いまする。
そのような修羅の中に飛び込ますど、言語道断にございます」
言い募って間一髪言わず、蓬丸を一瞥した清明は同じく低い声で言い放った。
「……これ、蓬丸」
清明はいつにない厳しい声の口調で、蓬丸をたしなめた。
さすがに強い蓬丸も、主の厳しい一言には勢いを失った。
いつも弱々しい清明が、この状況でこのような調子で言い出すとは思わなかったのだろう。
「いくらそなたが姫様をすいているとは言えど、そなたのように姫様は屈強ではないのだ。
ましてや姫様は藤原氏―――そこをわきまえよ」
我々がどうこうしてよいお方ではない―――。
無言の圧力たるものが、屈強な蓬丸を抑え込んだ。
長年噴火を起こさなかった山が、ある日突然大噴火を起こしたような迫力が、
静寂の中で威光を光らせている。
「―――」
蓬丸は自分の思い通りにならなかったことが気に食わなかったのか、
それよりも清明にああ言われたことがひどく悲しかったのか、
眉を下げて口をへの字に曲げ、しゅんと肩を落とした。
「……申し訳ございません、姫様」
蓬丸が後ろに退いた刹那、元の女のような大人しい態度に戻った清明は、弱った声色で言うのだった。
「せ」
清明―――。
遠子は言い終えることができない。
なぜ急に、私のことを『姫』と呼びだしたの?