晴明の悪点
* * *
最近、百鬼が姿を見せなくなった。
それが天冥の周囲で起きた、二つ目の異変である。
ちなみに一つ目は、死人がこの世に蘇ってきたことだけ、だ。
呼べばすぐに出てきてくれるが、いつものように自分の傍らに控えていることはなくなった。背中が寒い。
「寒いな」
ぼそりと呟いた口から零れ落ちた言葉が、夕日によってできた己の影に落ちる。
―――恋情かよ。
いつぞやの天一の一言が蘇り、天冥は軽く舌打ちする。眉をしかめ、不機嫌そうに唸る。
「百鬼め、もしや」
俺が莢にうつつを抜かしたと見て取ったかよ。
それで最近、滅多に姿を見せぬのではないか。と、天冥は顎の角度をわずかに下げた。
「うつつなど抜かしておらぬぞ」
天冥は、誰もおらぬのに言うのだった。死人に心を奪われるなど、言語道断である。
天冥はこの手で、人を何人葬ったか知れぬ。そんな人間であればなおさら、だ。
こんなふうに不機嫌になった時は、憂さ晴らしに清明を困らせに行くことを思いつくところだが、今ではそんな気さえ起らない。
そうだ、いっそのこといつものように誰かにちょっとした呪いをかけて遊んでやろう。
――そのつもりで右京まで来たというのに、それさえままならぬまま、道の端で築地に背を預けていた。
夕焼けの色が天冥を照らすと、その赤毛混じりの茶髪をますます明るい色に染める。