晴明の悪点
むむむ、と天冥は深く低い声でもう一度不機嫌そうに唸る。
烏帽子をかぶり、八の字の付け髭をつけた優雅な貴公子たる天冥の姿はない。
今の天冥は赤毛を乱発にして振り乱し、剃っているわけでもないのに一向に髭が生えてこないすらりとした細い顎や、
日本刀のような眼が際立つ、少しばかりやんちゃな風情の少年の姿―――を、思わせる。
「ちぇ、ちぇっ、ちぇっ」
帰りを急ぐ貴族の牛車や、検非違使の庁の役人どもが通り過ぎていくたび、天冥が舌打ちする音は大きくなる。
俺はこんなにも余裕がないのに、なぜ己らはそんなにも悠々と呑気に帰ることができるのだ、
と意味もなく屁理屈を並べて憤る。
もとより天冥は優しくない、はずだが、今日の天冥は一段と優しくない。
怒らせたら、何をするかは分からぬ。
それこそ、都の中央の者どもは、天冥の貴公子たる優雅な姿しか知らぬ。
今のような野蛮な、しかし荒々しい強さらしからぬものを持った少年のような姿の彼が、
あの外道の貴公子とは思わぬだろう。
ただの小僧だと侮って触れれば、きっと棘が刺さる。
ざわわっ―――と、道に細々として生えた雑草の類が、妙に大きな音でざわめく。
この時間は逢魔ヶ刻である。妖物が目覚め、跋扈し始める時間だ。
その兆しなのか、草木は異様にざわめき、夕日の御色が濃くなるにつれ、鮮明な影が残る。
「けっけっけ・・・」
「いひひひ」
「ほほほ・・・」
妖は人の心の闇を、魂や血肉の次に好む。
人の心に潜む黒いものを見つけては、祭りのように騒ぎ、歓喜の声を上げる。
「おや小僧よ、そんなところに突っ立って、何をしておるのだえ」
「小僧よ、喰われたくなければ家に帰ることじゃな」
「へっへっへっ」
すかさず、天冥を見つけた小物どもが、彼のことなど知らず不用意に茶化す。
―――それが、天冥の気に障る。