晴明の悪点
「陰陽寮の方ですな」
普段とは別格で違う上品な口ぶりで天冥が言う。
黒ずんだ墨色の扇を広げ、元農民とは思えぬほど雅に口元を扇で隠した。
「陰陽博士、橘泰成と申します」
「博士か・・・。それはまた、良き才を持つお方なのでござりますな」
言うが、内心では自分の方が強いと、天冥は確信したように思っていたりする。
他の陰陽生より勝るとも、この俺よりは劣るな、と。
一年前と八年前に、何度も敵に負けかけて死にかけた事などとうに忘れている。
しかし現実、彼の体には生涯残るであろう痛々しい傷が今もなお刻まれている。
「そのお方が、私に何の御用か」
「いいえ・・・あの蘆屋道満様にも劣らぬほどの方術の才の持ち主、一度お目にかかりたいと思うて、勝手ながら来たのです」
晴明ではなく道満の話が出たことに天冥は僅かに口元を自然にほころばせた。
なぜ道満の話が出たのか、その本当の意味を知らぬ天冥はただの阿呆である。
「てっきり、陰陽寮の誘いを断った事への仕返しかと思いましたぞ」
「まさか。あなたに攻撃を仕掛けたとて、勝てるわけなど・・・ありませぬ」
褒め倒しだ。
「それでは。――お会いできて光栄でしたぞ」
「私も、久々に褒められた」
天冥だけが、本音を口に出した。
泰成の背中が遠ざかっていく。