晴明の悪点


 しかし、ここで負けていては、女のような顔といえども男がすたる。

負けてはならぬと己の肝っ玉に鞭を打ち、「お人よしではございません」と言いきってみせた。


「ところで遠子様、昨晩はあの後なにも起きませんでしたか?」


 蓬丸が何か言う前に清明が蓬丸より先に話題をそらす。

口喧嘩で蓬丸に勝てる自信など塵芥ほどもないからだ。

蓬丸は清明の思惑を察するや、むうう、と栗鼠のように両頬を膨らませた。


「いいえ、何も起きなかったわ」

「あの呪符は、まだ残してありますか?」

「呪符・・・。これのこと?」


 遠子は部屋の隅から箱を取り出すや、清明の前に置く。

これは件の晩に、とり憑かれた遠子の目を覚まさせようと、物の怪を鎮めるために彼女の背に貼った呪符だ。

とっておいてあることに、清明は少しばかり安堵する。

 あの呪符は、清明が作った呪符だ。大した呪力など無いが、無防備よりはましだろう。


「む」


 呪符を手に取った清明は、ふと声を低くした。作った当初よりも、ぼろぼろだ。

虫食いの穴、とも言える。呪符の端が欠けているところが、刃こぼれした刃を思わせる。

冷や汗が出そうになる。


「遠子様、匂い袋はいつも持っていらっしゃるのですか」


 できるだけ良いほうに賭けた。

 どうか、首を横に振ってくれますようにと祈る。

しかし祈りを神仏は聞き届けてくれなかったのか、もしくは死神か何かが祈りを聞き届けたのか、

遠子は、「持っているわ」と単衣の袂から匂い袋を取り出した。


「そう、で、ございますか」


 がっくりと首を垂らしたくなった。


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