晴明の悪点
そう言い、紅き梅の花弁の如き血を口から吐き、冴子は世を去ったのだった。
薬師もわからぬ謎の病。
いいや、病では無い。物の怪の仕業だと、遠子は信じて疑わなかった。
あのどこか女のような艶めかしい声の響きを持つ物の怪が、やったのだ。
人の怨念の、醜きこと山の如し。
それが、冴子の、唯一の妹の命を奪った。
「国の中心に近づくほどに、人の怨念は強くなるわ」
遠子は、喉の奥から亡霊でも吐き出さんばかりの勢いであった。
「だから私は、源一門に嫁ぐのは嫌と言ったの」
源は殿上人の一族。天皇の血を継ぎし者たちの一人だ。
無論、今以上に怨念と言う怨念が遠子に付きまとうであろう。
政敵に、女。彼らは遠子たち以上に、そんな取り巻きの中に身を置いている。
冴子を殺したといっても不思議ではない情念と同じものが跋扈する世界に飛び込むなど、
遠子からすれば言語道断である。
「しかし、そう思うならば、お父上様に言えば・・・」
娘に頭が上がらぬ父に頼めばよかろうに。
清明が言おうとした所で、「無理よ」と遠子がそれを叩き切った。
「一見、穏やかな人でしょう、父上は」
「どこからどう見ても、お優しそうな方でございます」
「穏やかだけど、父上は地位に飢えているわ」
まさか、と清明は言いたくなった。
あのような温容の忠親に、そのような裏があるとは信じがたい。
地位に飢えているなど、そこらの貴族と全く同じではないか。
「他の人間と違って、口にも顔にも、誰の前にもその欲望を出さないだけ。
婚礼の話には、私よりも早くうなづいたのよ」
遠子の声は思ったよりはるかに小さく低く、それこそ目の前にいる清明にしか聞き取る事ができない。
しかし、その声の調子に弱弱しさはない。