晴明の悪点
死人黄泉がえりの平安京
頭痛に悩まされる貴族の御曹司の声が、築地越しに小さく聞こえる。
呻き声。外道の貴公子にはその声はどの琴よりも笛の音よりも美しい。
もっとも、頭痛の原因を引き起こしたのはこの天冥である。
殺すわけでもなくただ軽く呪うだけでいいなど、依頼主はもの好きでかつ詰めが甘い。
金子を受け取った天冥は、しかし満足感はない。
やるならやはり、殺さねばならぬだろう。肝の小さい依頼主だ。
「さあて」
帰って寝ようか、いたずらでもして帰るか、方術を工夫して新しきものを編み出すか。
選択肢はいくらでもある。
朱雀大路を突っ切り、道祖大路まで来て止まる。
「―――」
一人であるく平安京は思いのほか寂しい。
いや、実質一人ではなく、基本的に人の目に見えぬ百鬼が控えているのだが、はたから見た人間からは、天冥は一人でいるように見えるだろう。
そう思うと何となく閑散とした思いに駆られる。
それに普段の百鬼は、常に無口である。だから余計に寂しい。
いや、寂しいと思うのはそれが原因ではなかろう。
一番の根拠は、道祖大路に来てしまったこと、つまり連想して、莢を想起してしまったからだ。
今は亡き、莢。
そう思うだけで、彼の心にはぽっかりと大きな穴が開き、思い出すたびにそれが一つ二つと増えてゆく。
「・・・天冥様、しっかりされよ」
天冥の心を察してか、百鬼がなだめるように言う。
彼なりの、気遣いである。
「わかっておるさ」
何かを振り払う思いで道祖大路を突っ切ろうとする。
その目の前を、女が一人横切ろうとしたのに、天冥は気付けなかった。
どんっ、とその女と衝突した。
「げっ」
「わっ」
女は尻餅をつく。天冥はよろめいて一歩二歩後退する。