晴明の悪点


 清明は大きな鬼の手を思わす、大の男の四角い顔ほどの大きさがある木の葉に酒を注いだ。

内側にある凹みに酒がとくとくと注がれる。

柔らかい液体が、清明の横で光る妖光を弾く。

闇夜の中で、きらりと水面より妖光が反射される。

「――――」

 清明の祝詞が、夜に溶け込んでいく。

彼の声は妙な色を持っている。

男には必要ないものなのに、と彼は嘆いていたが、それらが人を引き付ける。

妖かしを引き付ける。

「おやっ」

 その途中、急に蓬丸が素っ頓狂な声を上げた。

 蛇が、葉の中に入った酒を、長い舌を出してちょとりと舐めているではないか。

 よく見れば面妖な蛇であった。

体の太さは男の拳ほどもあり、その全長はちょうど蓬丸の二倍である。

深い蒼の鱗に覆われ、その鼻あたりには二本の髭が生えてうねっているのだ。
 
 珍妙な妖かしの類なのだろうか、そしてこやつは酒好きなのか、

しきりに舌を出しては酒を味わっている。

「おいこら蛇よ、それは飲んではならんぞ」

 なにごとだえ、とばかりに蛇が頭を持ち上げたが、なんだ小娘か、

と言いたげに蓬丸を無視し、ふたたび酒に顔を突っ込む。

 それが何気なく、蓬丸の気に障る。

「・・・こら蛇、それは今使っているのだ。だから飲むな」

 しゅるり、と蛇は蓬丸のほうを見るや、先の割れた二つの下を出した。

 お前のような未発達な小娘、興味もないわ、とばかりに。

「蛇よ、そなたは酒が好きなのかい」

 そこで穏やかに聞いたのは清明だった。

声が届いたのか興味を示したのか、蛇が清明を見やる。

 なんとなんと、蛇は「この女のほうが上玉ぞ」と言うように、清明のほうまで這い寄ってそのまま寄り添った。

 それがますます、蓬丸の気に障る。

清明は気にせず、

「なれば、そなたに筒ごとあげる。だがら、この葉に盛られた酒には手を出さないでおくれ」

 蛇は暫く清明を見つめていた。

そして木の葉に盛られた酒の先にある――くだんの土に向かって、ふしゅうっ、

と何の液でできているのか、口から霧を吹きかけた。

「これは」

 清明は呟いた。土が消えてしまったのだ。

この蛇、やはり妖かしか。何をしたのか、と問おうとしたが、面妖なことにその蛇も酒の入った筒も、

共に姿を消していたのだった。





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