ゆきんこ
相模さんが、驚いた顔して…「ゴメン。」と小さく呟く。
「……すみません…。」
自分の不安を…見透かされた気がして、
自信のなさを指摘された気がして。
何も悪くない相模さんに、あたってしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさ……」
言葉に…詰まる。
「いやいや、こっちが不躾な質問を。……つーか、泣くのか?泣いてる?」
「…………。」
泣いてなんか…いない。
始まったようで、進展のない恋。
終わってもないのに、急に襲ってくる…不安。
だって今、私がこうしているうち、1秒でも…彼は私を思い出すことが、あるのだろうか?
新野以外の男の人と、こうして隣りにいて…
それを咎めるくらいの距離に、あの人は…いない。
言わなければ、知ることだって…ない。
それは、私に置き換えても…同じだ。
手の届かない距離にいる新野。
背中を見つめるだけだった、片想いのあの頃よりも……
ずっとずっと、遠くに感じるんだ。
相模さんの手が、遠慮がちに…頭の上に降ってくる。
「思い出すなあ…、お前のプレー。突き指しても続けた、県大会。相当痛かっただろうに、…痛いの1つ言わなかったな。イヤ、先輩に囲まれてたから…言えなかったのかな。」
「…………。」
「結局悪化して骨折して…。我慢してばっかいるから、そーいうことになるんだ、アホう。逆に気を遣わせるんだよ、そういうの。」
「……はい。」
「しんどかったら、そう言え。」
「……ハイ!」
「大体お前、セッターはゲームメーカーだぞ?臨機応変、どんな球でも上げて上げて…変化に富ませて。相手を翻弄させるのが仕事だ。」
「……は、……ん?」
「言えば俺も名リベロと呼ばれた男だ。そーゆー球を拾うのが、得意なんだよな。」
「………?」
「だから…、付き合っちゃう?」
「…………。え。」
「付き合う?」
「……え?あの、いえ…。だから、私は……」
真剣な顔が、口元からユルリと……変化していく。
「バーカ。お前、バカ。勘違いすんなよ?……そういうんじゃなくて、可愛い後輩のために人肌脱ごうかって話だよ。」
「……そうでしたか。すみません、少し勘違いを…。」
「だいぶ、だろ?」
「はい。だいぶ。……でも…ありがとうございます。」
「………。」
「……少し、元気が出ました。まだ……、何一つ、頑張っていないんです、私。何もしないで、何もしないくせに…ウダウダ悩んでました。」
「……ふーん?」
「根性の見せどきですね。」
「…………。」
「今日……ここに来て、こうして相模さんと話せて…良かったです。」
「………。そーか。それは…まー、良かったね。おっと、そろそろオーダーまとめっかな。じゃー、福嶋。ゆっくり楽しめよ?」
最後に相模さんの大きな掌が。
バレーボールを掴みとるようにして…ガシッと頭を鷲掴みして。
それから…穏やかな笑顔を残して。
私の隣りから…離れて行ったのだった。
「全く……勿体ないな。」
友人が、そんな事を呟きながら…私に耳打ちしてくる。
「相模さん、アンタんとこ気に入ってたらしいよ。」
……うん。
本当は、うっすらと……気づいていた。
おどけつつも、真っ直ぐ見つめてくる…真摯な瞳。
私の頭の上に残されたのは、力強く、そして…温かくて。
とても…優しいぬくもりだったから。