ゆきんこ
「もしもし、ごめん新野。」
返事が、ない。
「もしもーし。」
代わりに、複数の人の声が…入り交じって。
そのどれが……新野の声かも判らずに、黙って…耳を澄ました。
でも……
でも、1つだけ。
気づいて…しまった。
男の人の声に交じって1つだけ。
どこかで聞いたことのある、女の人の声だけを…都合よく、拾ってしまうのだ。
『まだこんなところに居たんですか?バス、出発します。急いで下さい。』
『滉、早くー。置いてくよ?』
新野を、「滉」って名前で呼ぶ…女の人。
それは…ほんのひと握りで。
記憶の引き出しを開けば、最も最初に飛び出して来るであろう、印象深く…綺麗な人。
楢崎…景。
どうして彼の近くにまだ…貴方がいるの?
『ちょっと待って。』と。
今度はハッキリと聞き取れる…新野の声。
『……もしもし?』
「…………。」
『もしもーし?』
「………はい。」
『何だよ、聞こえてるなら、返事くらい返して。』
「……うん。」
でも…、新野。
貴方は私の声に。返事なんて…しなかったじゃない。
『つーか、さっきの…何?車がなんとか…』
さっきの会話…、聞こえていたんだね。
『電話も、珍しいし。今日、バイトは?』
「……休み。」
『賑やかだったな。』
「…そう?」
『ん。飲み会かなんか?』
「うん。バレーサークルの。」
『相模さんも一緒?』
「……うん。ってか、何で相模さんのこと知って…」
『さあな。』
「…そっちこそ、どうして楢崎さんが…」
『…?言わなかったっけ。バスケ部のマネージャーだけど。今、遠征からの帰りで…』
「……そう。ああ、そっか。こっちのこと…楢崎さんからなら、情報入るもんね。」
『は?』
二人の間に、妙な沈黙が…流れる。
間違えた。
と―…、そう思った。
久しぶりに話をするのに。
楢崎景が同じ大学で…バスケを続ける可能性があるってわかっていたはずなのに。
どうして、こんな…卑屈になっているのだろう。
怒らせたかな、
呆れられたのかな。
電話越しでは。
今、新野が…
どんな景色を見て、どんな感情を抱いて、
どんな顔をしているのかが……
全然、伝わってこない。
隣り歩きながら、風に晒される…あの寒さも。
握られた手の…冷たさも。
二人で共有することは、叶わないのだから、
だから……
こんなにも、恋しくて。
恋しくて…、恋しくて。
不安ばかりが……大きく膨らんで行くんだ。