甘い唐辛子
忘れていたことに気がついたのは、維十と2人で街を歩いていた時。
昨日、お父さんと話していたヤスさんのことをまだ維十に話せていない…
幸せに浸りすぎて、すっかり忘れていた。
こんな事、以前の私ではあり得なかったことだ。
それだけ私が維十と一緒にいることで、変わったと言うことだろう…が、それでは姉御として困る。
「維十、あそこの店に寄らないか?」
私の指さす先には、小さな喫茶店。客の出入りは見られず、ヤスさんの話をするには絶好の場所だと思った。
「いいけど…あまり人気じゃないみたいだぞ?」
「いいんだ…」
「…なんか…あった?」
「え…」
「いや、別にいい。行こう。」
維十は強引に会話を終了させて、また強引に私の腕を引っ張って店に向かって行った。
維十の勘が鋭くなっているのは、私の気のせいだろうか…?
喫茶店は、やはり客数が少なく、私達以外には2人の主婦らしき中年のおばさんと猫1匹いるだけだった。
おばさん達はカウンターに座っており、この店の店長と見られる男性と楽しそうに会話している。
猫は白地に黒のブチがついている雑種で、カウンターの端に丸まって寝ており、時折鋭い歯を見せて大きな欠伸をしている。
私達は適当にテーブル席に座り、メニュー表を開いた。