甘い唐辛子

強く握りすぎた為、手の平の皮膚から血が出てきた。
不思議と痛みは感じない、赤いペンで書かれたようなくっきりと示されている、爪のあと。

組員に気づかれないように、軽く握って傷を隠す。



今更どうしようもないんだ。

契約破棄なんてできない。
私は今日から海堂維十の婚約者であり、未来の海堂の姉御なんだ。



窓の外、騒がしい町は私を見ているようで見ていなく、私も、騒がしい町を見ているようで見ていない。


過ぎる景色は代わり映えがなく、この世界の価値を感じられなかった。

夢も、安らぎも、この町からは感じられない。
きっと、一人一人は希望と喜びを持っている。

でも……
この町では、疲れた者の気が強すぎて、揉み消され、潰されてしまう。


自分の希望と喜びを守り、持ち続けるには、「自分」を持たなくてはいけない。

しかし、みんな、「自分」を捨てる。
人に、世界に、流れに、
自分を任せ、合わせ、染める

消え失せた「自分」の美しさは、生き返ることはなく…
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