君という海に溺れる
穏やかな微笑みを、返してくれ。
「おね、さん…」
暫くしてようやく落ち着きを取り戻したのか、彼女がゆっくりと顔を上げその口を開いた。
痛々しいくらい赤く染まった目尻。
腫れてしまった目蓋。
それを擦ろうとする手を握って次の言葉を待つ。
「わ、わた…わたしっ」
懸命に唇を動かす彼女の瞳には再び新しい涙が浮かんで。
晴れることのない嫌な予感が胸を渦巻く。
しかし俺は待つことしか出来ない。
「わたし…おひっこし、するんだって…!」
そしてその口から出てきた言葉に息を呑んだ。
「引っ、越し…?」
世界が、止まった。
周りの音も何もかも。
目の前の彼女の泣き顔だけが俺の唯一。
それ以外は何もわからない。