君という海に溺れる
"音"は間違いなくあそこから聞こえてくる。
(あの声…)
此処までくると、耳に届く声はとてもクリアなものになってきて。
覗く木の影にちらりと見える後ろ姿。
どうやら向こう側からこちらは見えていないらしい。
それを確認してから音をたてないように近づいていく。
怖い、とは思わなかった。
思うわけがない。
聞こえてくる音はこんなにも綺麗で、こんなにも繊細なのだから。
ただ、もう少しその声を聞いていたくて。
その声が紡ぐ世界を壊したくはなくて。
私は声の主と木を挟んで背中合わせになるように静かに腰を下ろした。
そしてゆっくり目を閉じる。
すぅと深く息を吸い込めば、私を包むのはさわさわと風に揺れる木の葉の音と口ずさまれる柔らかな音色だけ。