君という海に溺れる
けれど十二時の魔法は解けたのだ。
あの世界に戻らなくてはいけない。
そんな当たり前の現実があまりに苦しく私を追い詰めた。
帰りたくないと叫ぶ心。
それでも時は進む。
決して、待っていてくれることはない。
どんなに願っても夜が明けるように。
次の朝がやって来るように。
立ち尽くすことは許されないのだ。
あのおとぎ話のように時間の止まった世界などないのだから。
ふぅ、と浅く息を吐き出す。
立ち上がって、黙って聞いていたことを謝罪して。それからお礼を言おう。
呼吸をさせてくれた感謝を込めて。
そう覚悟を決めて足に力を入れた時。
「そこにいるのは誰?」
甘く響いた音に動きが止まる。
木の向こう側から顔を出したのは、声と同じように綺麗な瞳をした男の人だった。
コトリと時計の針が動く。
(そして新たな時間が始まった)