君という海に溺れる




それでも私にはそれが甘い甘い囁きに聞こえた。



彼は知らないだろう。

当たり前のその音に、私がどれだけ安心したのかを。

無意識に体に入っていた力が抜けたことを。

涙が出そうなほど、嬉しかったことを。




「アダムは…どうして此処に来たの?」




名前を呼んだ手前、そのまま口を閉ざすのはなんだか気が引けて。

ふと思い浮かんだ疑問を口にする。


アダムがこの辺りの人でないのだろうということは、その後ろ姿を見たときからわかっていた。


確かに彼はこの絵のような景色にはとてもよく似合うけれど。

けれど、こんな何の変哲もない片田舎に彼の姿は馴染んでいなかったから。


こんな綺麗な人がいたら、すぐに話題になるだろう。


でもだからといって、質問したことに深い意味があるわけではない。




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