音人。
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 オンジン。
 あたしはときどきふざけて、壱兄のことをそう呼ぶ。でも、恩人のことじゃない。音に人と書いて音人。

 なぜなら、壱兄は音楽馬鹿だ。ほんとうに、自他共に認める音楽馬鹿だ。

「もう、弾かないのか」

 久しぶりに壱兄の部屋に行った。おかれている、アップライトピアノ。亡くなった両親が壱兄に買ったものの中で、いまだに残っているのはこれだけだ。“さすがに捨てられなかったよ”部屋の中にあるものを全部綺麗に捨て去った後、壱兄はそう言っていた。

 実は両親をもっとも愛していたのは壱兄だったのかもしれない。

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