音人。
 あたしの音楽は、基本的に雑然としている。楽譜に書いてあるもので、守るのは最低限音符だけ。音符は守らないと、別の曲になってしまうから。強弱記号は、守らない。アーティキュレーションも、当然無視。そんなピアノ、聴かれたいはずもない。

「小学校で音楽専科じゃないのかよ」

 ピアノの前に座った壱兄は、軽くソナタを弾きながら、そう聞き返す。

「だからこそ、家では弾きたくないんじゃない」

「まったく、千秋はわがままだな」

 壱兄はそう言うと、ピアノを弾く手を止める。ピアノのすぐ横の壁に寄りかかってきたあたしの前にかがみこむ。

 額に額をくっつける。

「わがままとか、そういう問題じゃないでしょ。あたしはあたしがやりたいときに音楽やるの」

 反論というか、どうにもならないことをぼそりと呟く。わずかに震える声。

 壱兄のくちびるが近寄ってくるのを、否めない。

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