溺れる唇
忘れてない。
顔も名前も、この声も、笑顔も。
私はちゃんと覚えてた。
もう随分と昔のことなのに、忘れてない。
忘れられて、ない。
私がぎこちなく笑うと、裕馬も白い歯を
見せて笑い、机の下にかがみこんだ。
「まさか、こんな所で会うなんて思わなかったからさ。
翔子がドアを開けて入って来た時、俺、
びっくりしすぎて資料落としちゃって」
“翔子”と、私を呼び、
散らばった資料を拾い集める裕馬。
その広い背中に、抱きついて泣きそうに
なった、あの頃を思い出す。