溺れる唇
「裕馬?」
ちょんちょん、と腕を突つかれて
我に返ると、数メートル先にいたはずの
翔子が俺の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの?難しい顔して」
心配そうに眉を寄せる翔子は、
珍しく唇につけたらしいグロスの
濡れたようなツヤもあって、
ドキッとするほどセクシーに見えた。
「ああ、翔子」
たった今、君に気づいたよ、と
いいような風を装って、
俺は翔子仕様の微笑みを投げかける。
「ごめん。忘れ物したかと思って」
立ち止まっていた理由を
そんな風に話すと、
すぐに言葉が返って来る。
「戻る?」
構わないわよ、と笑う翔子に
俺も笑って首を振った。