溺れる唇

「そうか。確認しておく」
「いえ、笠井さんこそ。どうですか?」
「徹夜だな」

一緒にいる別会社からの常駐スタッフの
嘆きが聞こえた。

連日連夜でかわいそうだとは思うが、
専門知識のない私では、残念ながら
こればかりは何の力にもなれない。

「お疲れ様です」
「ああ、今日もお疲れさん。
気をつけて帰れよ」

少し疲れた声の上司に唇だけの笑みを
返して、私は受話器を置くと、
大きく伸びをした。

夏のオフィスは冷たく乾いている。

この季節はいつも自宅のバスルームが
恋しくなってしまう。

汗ばんでいるくせに冷房で冷えた体は、
妙にベトついて気持ちが悪いのだ。

早く家に帰って、熱いシャワーを浴び、
冷えたビールを飲みたかった。

「よし!帰るぞっ」

そこへまた鳴り響く内線の呼び出し音。


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