10日間のキセキ


何の屈託もない笑顔で、「一番に助手席の乗せたかったんだ」と言う拓也が信じられなかった。



この人は、忘れてしまったんだろうか。
忘れたフリをしてるんだろうか。

一年前のあの出来事を
なかった事にしようと思ってるんだろうか。




あの日から、今日の今さっきまで、電話もメールさえ寄こさなかった相手に言う言葉ではない。





「どこに行く?腹は減ってないよな?」


『あのさ、今夜アタシがいなかったら、どうするつもりだったの?』


「うん、よかったよ、居てくれて。」



(‥返事になってないし)


だからってその理由を穿り返す気力はない。
拓也の真意はわからないけれど、敢えて尋ねるのはやめようと思った。


どうせ今のあたしには、
関係のない事だから――――






車は滑らかに国道に進入した。
連休だからだろう、いつもの倍くらいの交通量だ。

音楽をかけるでも、ラジオを聴くでもない車内に拓也の止め処ないお喋りが渦巻く。


行き先は決めているように思える。
シートを少し倒して身を沈め、窓の外に視線を移した。




「・・・なぁ、聞いてる?オレの話。」


『え?ああ、たぶんね。』

聞いてたかもしれないけど、覚えてない。
だって、聞いたってしょうがないじゃない・・



「…んだよ、それ。」

口を少し尖らせながら、拓也はハンドルを左にきった。
ゆっくりと歩道に寄せて、停車する。



「はい、到着。」


『はぁ?どこ?』


「出てみればわかるって。」




そう言うと、素早く車から降りてあたし側のドアを開ける。



―――心臓がドクッと波打つ。
腕を・・掴まれていた。


ただそれだけなのに、激しい動悸があたしを襲う。

懐かしい体温が指先に繋がったから。
ひさしぶりにそれを感じたから・・



「少し歩いてみよ?」

拓也は視線を合わさずにあたしの手を引いて歩き出した。






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