暁を追いかける月

21 告白


 馬車は長いこと走り、街中に入ったようだ。
 速度を落とし、石畳の硬い感触が振動として伝わる。
 幌の隙間から時折煉瓦造りの建物が見えることからして、間違いないだろう。
 屋台の客引きの声。
 街を歩く人々の気配と食べ物の匂い。
 不意に、故郷の下町の市場を思い出す。
 香辛料は西の物だが、生活を思わせる匂いが、あの頃を思い起こさせる。
 だが、そんな喧噪も徐々に遠ざかり、また、静けさが戻ってくる。
 その頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。
 ようやく、馬車が止まった。
 幌が上げられ、男が入ってくる。
「今からお頭のところに行く。大人しくしてろ。いいな」
 頷くと、まず猿ぐつわが外された。
 続いて手首を縛っていた縄もほどかれる。
 馬車から降ろされると、大きな屋敷が正面に見えた。
 周囲は煉瓦塀に囲まれ、木々が生い茂っている。
 腕を掴まれて中へ入ると、広間へと連れて行かれる。
 そこは、宴席だった。
 たくさんの男達が胡座をかいて上座を取り囲むように座っている。
 扉が開いた途端、まず気怠い雰囲気に息を呑む。
 酒と煙草と香辛料の匂いが入り交じり、気持ち悪かった。
 屋敷は本来貴族の持ち屋であったのだろう。
 品のいい壁紙がと凝った細工の燭台と天上に吊された洋燈が、心地のよい空間を作り出していたが、その場で酒を飲み、肴を食べている男達には全く相応しくなかった。
 多分雇われて居を構えているだけなのだろう。
 だらしなく着崩した服装と無精髭。
 手入れのされていない髪と薄汚れた靴。
 汚い仕事でも平気でやりそうなのが見てわかる。
 好色な眼差しであからさまに見られて、身が竦む。
 男衆達とは全く違う種類の男達だ。
 彼らなら、女に対してそのような無礼な振る舞いは一度としてしなかった。
 初めて世話したときでさえ、文句こそ言いはすれど、乱暴なことすらしなかった。
「その女か、もっとよく顔を見せろ」
「おい、こっちだ」
 上座で酒をあおっているのが頭目だ。
 侍らせている女は、娼妓なのか、胸当てと下履きが透ける薄絹を身に纏っているだけだ。
 宝飾品で少しは飾ってはいるが、男の相手をするためだけの装いに女は驚く。
 上座だけではない。
 周りにいる男達の間にもちらほらと座って酌をしている女達の格好も似たり寄ったりだった。
 中にはあからさまに男の一人に胸を揉まれて嬌声をあげていたり、剥き出しの脚を撫でられていたりする者もいた。
 上座の正面のぽつんと開いた空間に引き据えられて、女は膝をつかされる。
 顔を上げさせられて、視線を向けると、好色そうな目つきで自分を舐めるように見ている頭目と目が合った。
 酒のせいで目はどんよりとし、頬は上気している。
 髭はまだ真っ黒だが、額にかかるくせのある髪には、ところどころに銀色が混じっていた。
 四十を越えているであろう頭目は、若い頃に鍛えていたせいなのか、まだ、逞しい体つきをしていた。
「お頭の言った通り、屋敷に一人で戻ってきてました」
「一人で? こんな上玉をか?」
 訝しげに眉根を寄せ、もう一度女を眺める。
「おい、女。仲間はどうした。あいつらには商売の邪魔された上に逃げられたんだ。居場所を言えば命は助けてやる」
「仲間じゃない。何も知らないわ」
「じゃあ、何で一緒にいたんだ?」
 彼らの居所を知られれば、もしかしたら村が襲われるかもしれない。
 それだけは避けなければ。
「金をもらって、身の回りの世話をしていただけよ。次の仕事で別なところへ行くと言うから、金をもらって別れたわ」
「ほお、そうかい。身の回りの世話だけねえ。その割にゃ、あっちの頭の若造を庇って斬られてるじゃねえか。普通はそこまでするものかい?」
「金をくれる人が死んだら困るもの。助けたおかげで、お金はたくさんくれたわ。医者にも診せてくれたしね」
 どこまでごまかせるかわからなかったが、女は必死で言い訳を探す。
「あたしは無関係なの。東へ、故郷へ帰るところなのよ。何も知らないし、あんた達のことも知らない。このまま行かせて」
 女の言葉を聞き流す頭目は、それを信じたようにも見えなかった。
 ただ、もう一度女を眺め回す。
「そうかそうか。故郷へ帰りたいのか。なら、今度は俺が雇ってやる。俺に奉仕しな。上手くすれば、東へ行く金ぐらいすぐに稼げる。帰って遊んで暮らす金もな」
 頭目の言葉に、周囲の男達が嗤った。
「――」
 血の気が引いていく。
 頭目が、女を連れてきた男へ目配せした。
「湯浴みをさせて奥へ」
 それが意味するところは一つしかなかった。


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