溺れる。
「まだ開店前…ってお前か」
翌日、大学が休みだというのに朝早く目が覚めてしまった私は、バイト先のカフェに来ていた。
開店前とは言えど、堂々とカウンター席に座り、煙草を吹かすのはどうかと思う。
「…店長、コーヒー飲みたいです」
「はあ?自分ちで飲めよ」
はー…と大袈裟なぐらい大きなため息をついた店長は寝癖のついた髪をガシカシと掻いて、カウンターの中に入っていった。
「お前ミルク2つだっけ?」
コーヒーの豆を袋から取り出しながら、視線をチラリと向ける店長に「あー…いや、ブラックで」と一瞬悩んでから言えば。
「は?お前ブラック飲めたっけ?」
今度はしっかりとこっちを見てすかさず突っ込まれた。
店長の元々大きい目が更に大きく見開かれている。
「の、飲めますよ!」
実は飲めないもんだから、ちょっと吃ったけど、はっきりそう言えば、「ふーん、あっそ」と興味なさげな言い方をされてしまった。
唯一私の気持ちを知っている店長のことだから、きっと勘づいているんだろうな、とぼんやりと思いながら、雑に置かれたコーヒーを口に含めば、やっぱりすごく苦くて。
「…苦い」
「……馬鹿か」
顔を思いっきり歪ませた私を見て、店長は呆れたようにそう呟いた。
黒が似合う塚本さんはその印象通りブラックコーヒーが好き。
私の家に来た時は必ず食後にブラックコーヒーを飲むし、カフェに来た時も絶対にブラックコーヒーを頼む。
昨日家に来た時もご飯を食べてから、ブラックコーヒーを飲んでいた。
それを見たのを初めてではないし、ブラックコーヒーを顔色ひとつ変えずに飲む塚本さんに対しよくそんな苦いの飲めるな、ぐらいにしか思わなかったけど。
「そんな無理しなくてもいいじゃん」
「……」
店長の言う通り。
ただ塚本さんが好きなものを共有して、ちょっとでも近付きたいなと思った私のエゴ。