溺れる。
塚本さんは、不思議な人だ。
顔は綺麗、すごく。
だけど、ワックスで無造作に整えられた真っ黒の髪に、顎に生えた無情髭。そしていつも真っ黒のスーツに身を包んでいるその姿は、本当に文字通り"黒"が似合う人で、怖いという印象を持たれやすい。
お節介ながら、顔は綺麗なのにもったいないな、なんて思ったりもする。
そしてそんな塚本さんと私の関係も、すごく奇妙で。
勿論、恋人ではないし、同級生でも、友達でもない。ただ私がバイトしているカフェの店長の友達が塚本さんってだけ。
それを証拠付けるように、出会って3年経つけど、私は"塚本さん"という人をほとんど知らない。
わかるのは、魚が嫌いなこと、ヘビースモーカーなこと、私より8歳も年上なこと、携帯番号、本名が"塚本和希"ってこと。
あとは―――…
「晴、」
「何?…っ、」
キス魔だってこと。
キスはするくせに、お互いの誕生日も知らないから、一緒に過ごしたこともないし、クリスマスやバレンタインなど特別な日に会ったりもない。
それどころか、職業や住所も知らない私は、一体塚本さんにとって何なのだろうか。
それがわからないから苦しくなる。一人でドキドキして馬鹿みたいって思う。
"好き"って言えたら楽なのに、私を通して違う人を見ているのがわかるから。
時折切なそうな目で遠くを見つめているのがわかるから。
子供な私は側にいたいが為にそれを見て見ぬフリをする。