なえる
 みよしはジッと待ってみたが、一時間を過ぎてもみよしの期待する声は聞けなかった。

 持ってきた本も読み終えてしまい、母親たちも帰る準備をし始めた。

 母親たちが帰ったらみよしもここにいる意味はない。三田村の週末を見たくてここに来たが、彼の姿は無く、三田村の妻の顔を知ることもできなかった。

 空振りに終わったとため息をついたとき、その声は聞こえた。

「三田村さーん、忘れ物よ」

 そう叫んだ女性の視線の先に、女性と小さな女の子がいる。

「ありがとう」

 お礼を言った女性は子供用の赤いスコップを受け取った。あれが三田村の妻なのか。

 黒髪のストレートで長い髪が風でなびいている。スタイルが良く、タイトなジーンズが似合っている。足元のヒールがより一層、スタイルの良さを強調していた。

 みよしも三田村からスタイルがいいとよく言われるので、もしかすると体の細い人がタイプなのかもしれない。

 笑顔でもう一人の女性と会話をし、帰ろうと体の向きを変えたとき、みよしは三田村の妻と目が合った。

 それは、ほんの一秒足らずである。

 三田村の妻はみよしから背を向け、子供と手をつないで公園を出ていった。三田村の妻は振り返りもせずに歩いていく。


 みよしには一生忘れられない瞬間だった。二人の姿が見えなくなるまで目が離せずにいた。
< 18 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop