雨降り少女
雨降り少女~梅雨編~
しとと…


しと……


静かな雨の音がする。
肺に吸い込む柔らかく湿った空気に、僅かに緑の香りが混じる。

私は、ブロック塀にもたせ掛けた身体の向きをゆっくりと変えた。
頭をもたせ掛けた紫陽花の葉がかさりと揺れ、半瞬遅れて髪が流れ落ちた。


元は朽葉色の髪は、いつの間にか、綺麗な紫陽花の葉の色に染まって…それは私にとって唯一好きな自分の一部だった。
顔も綺麗ではないし、声は生れつきかすれた音しか出せない。
そんな私の唯一好きな部分は、周りの色に合わせて色を変える髪だった。
綺麗な色に染まった髪は私を、引き立ててくれる唯一のものだった。

だから私はその日も、細糸のような雨に打たれてゆったりと座っていた。

雨は、好きだ。
静かに煙る風景も、頬を静かに伝う水滴も、濡れて更に輝く髪も、湿気がかすれた声を綺麗な声にしてくれるところも…全てが好きだった。


だから雨の中でゆったりとした、半透明の時間を過ごしていた。

静かな時間…………
ひとりぼっちの時間…………
それがひどく心地よかった。

「やぁ、綺麗な色だね」
唐突にかけられた声は初めは私に対するものだとは思わなかった。

カシャリ

シャッターを切る音に、私はゆっくりと振り返った。
懐っこい笑みを浮かべた青年が、嬉しそうにカメラを構えていた。

断りのない撮影を咎めることすら煩わしく、私は遠くに視線を投げ、無視を決め込んだ。

ひとりぼっちの心地良さに再び身を浸けた。
彼は断られないのをいいことにひたすらシャッターを切った。
そして、日が暮れる頃にようやく見切りをつけ、ありがとうと言った。

お礼を言われたことなんて初めてだった。

気がつけば私は身を起こし、彼の後を追っていた。
理由なんて解らないが…ただ胸に沸く、ひとりぼっちの心地良さとは違う温かさの在りかを探すように私は歩いた。
やがてブロック塀が途切れたところ、小さなスタジオに彼は入って行った。

私はドアの前までいくと座り込んだ。
中から小さな話し声が聞こえた、盗み聞きの罪悪感より…温かさを求めた心が震えていた。

「わぁ……いい写真じゃない…この子何処の子?」
「そこのブロック塀と、紫陽花のとこにいたんだ。雨のテーマには打ってつけだろ?」
「そうね…すっごく綺麗に紫陽花に生えるエメラルドグリーン…」


ぼそぼそとした話し声に、混じる私の話題。

喜びの伝わる声。










< 1 / 10 >

この作品をシェア

pagetop