恋わずらい
初めての夜
佐藤の家は、本当にレストランのすぐ近くで、ごく普通の、中国人が住むマンションの15階だった。廊下は暗く、エレベーターも古かった。恐らく中国にきたことがない日本人なら、大丈夫か・・・と思うだろう。佐藤が家や洋服などにあまりお金をかけないことも知っていた香夏子は、それほど驚くこともなく、目の前の佐藤と話をすることに一生懸命だった。
15階―佐藤の家の扉を開くと、部屋の両面に、たくさんの本があった。とにかく数え切れないほどの、中国語と日本語の本が並んでいて、驚いた。
「帰国したばかりで、汚くてごめんね。入って。」
「お邪魔します。」香夏子は入って本の多さに呆然としながら、部屋の真ん中にあったソファに座った。
佐藤は忙しく、片付けをしていたので、暇をもてあました香夏子は、部屋の中にあった本を見ていた。佐藤が書いた本も何冊かあり、香夏子が持っていないものをあったので、そっと手に取り、ソファに座って読んでいた。
「それ、あげるよ。プレゼント。あ、そうだな。誕生日だし、サインでもしようか。」
片付けにひと段落した佐藤が、香夏子に言った。

―恵存。加藤香夏子様 二〇一一年十一月三日 佐藤浩二

そう書いて、香夏子渡した。
「恵存?どういう意味?初めて聞いた。」
「大切に保存してって意味だよ。日本語にもあるんだよ。」
そんな難しい言葉を知っている佐藤をますます素敵だと思った。
香夏子は佐藤が淹れてくれたプーアル茶を飲みながら、また話を始めた。
「どうして普段日本にいないのに、そんなに日本と中国の両方のことを理解しているの?」
しばらく考えた佐藤はこう答えた。
「知っているふり・・・をしているのかな。」
佐藤はそう言うとゆっくりと目を閉じた。気がつくと、草原の中にいるような、静かで歌詞のない、ゆったりとしたモンゴルの音楽が流れていた。
「俺、こういう曲が好きなんだよね。落ち着くんだ。」
「そうなんだ。」
香夏子は佐藤の部屋に入ってから、ずっとこの後の展開がどうなるのか・・・わからなかった。でも、もうこのときには、香夏子の気持ちは決まっていた。香夏子は佐藤にいった。
「ね・・・ちょっと肩にもたれかかってもいい??」
「いいよ。」
そういって佐藤は香夏子の顔を見て、優しくキスをした。
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