一緒に暮らそう
「あの子はね、田舎を捨てたんだよ。あの子はこの町での思い出を封印したんだ。もう昔のつながりとはなるべく関わりたくないんだよ。今の亭主の手前、結婚前に子どもを産んだことだって言えやしないさ。もう亭主との間に子どももできたみたいだからね」
「薄情だな。新しい家族がいるから紗恵なんかかえりみないんだな」
 叔父が珍しく紗恵に対して同情する発言をした。

「仕方ないさ。あの子なりに精いっぱいやってきて、やっとつかめたのが今の生活なんだから」
「ふん、結婚できて良かったな。母さんに後始末をさせていい気なもんだ」
「そんなふうに言うものじゃないと言っているだろう。あれでも、あの子は働いている間はうちに仕送りをしていたんだよ。娘の養育費にってことだった。大した額じゃなかったけど、東京で女一人で暮らしてたんだから、それがやっとやっとだったんだろ」
 祖母の言葉を聞いて、紗恵の胸が高鳴った。
 行方知らずの母親がそんなことをしていたなんて知らなかった。

「紗恵は大きくなってますます律子に似てきたねえ。茶色い目がそっくりだよ」
 親戚のおばさんが言う。
「あの子はあたしたちのことなんか忘れちまったんだろうけど、あたしたちは紗恵を見るたびにいやおうなくあの子のことを思い出すよ。まったくねえ。紗恵は将来どんな娘になるんだろうね」
 おばさんの言葉を聞いても、祖母は何も言わず、麦茶をすすっている。
 そこで大人たちの会話は途切れた。

 そして、紗恵の頭の中に残っている記憶もその場面で終わっていた。

< 120 / 203 >

この作品をシェア

pagetop