一緒に暮らそう
「正直、うちの店にカフェでの経験がない人を雇うのは不安なんです」
 オーナーが言った。
「でも、垣内さん。あなたは他でもない中山さんが推薦する人だから、私は思い切って雇ってみようって気になっているんです」
「結城さんと中山さんとはお仕事の関係で?」
「彼は私が元町でやっているバーでピアノを弾いてくれていたのです。もう30年来のお付き合いですよ。私たち店のスタッフをご自分のリサイタルにも招待してくださって、仲良くさせていただいています。長年お世話になった方が是非ともとおっしゃる方があなたなのです」
「そうだったんですか」
 ほんの数か月の短い付き合いなのに、彼が老人ホームの一職員にすぎない紗恵にそこまで目を掛けてくれるのがうれしい。
「最初は試用期間になりますけど、それでもいいでしょうか。今のスタッフが3月で辞めるから、4月には新しい人を雇い入れたいのです」
「来年の春からですか」
「はい。ご予定は?」
「そうですね。年度の変わり目は私にとってもきりがいいですね……」
 いずれにしても、老人ホームの管理職員には来年の3月いっぱいで退社することを近々告げるつもりである。だが、紗恵は結婚を理由とした辞職願を出すつもりだったのだ。
「では、お返事をお待ちしていますね。中山さんにもよろしくお伝えください」
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